
異色のコンビが奏でる
笑いのハーモニー


音楽一筋の道で芽生えた、芸人の本能
――まずはそれぞれが芸人になったきっかけを。かわいさん、お願いします。
かわいタクト(以下、かわい): 私は、大学時代に入っていた落研(落語研究会)でお笑いの楽しさを知ったことがきっかけでした。ちょうど大学お笑いブームが始まった頃で、落研でも漫才やコントをやっていたんです。その中で「ウケる喜びを知ってしまった」という感じですね。とはいえ、大学に入ったからにはしっかり卒業しようと思いましたし、両親を安心させる意味でも一度は就職しました。自分の中で、「もし3年経ってもお笑いをやりたいという気持ちが消えてなかったら、そのときこそ芸人を目指そう」と心に決めて。
――前職は何を?
かわい: 地元の信用金庫で働いていました。それで、3年経ったころに転勤の話が出たんです。悩みましたね。このまま転勤したらもう辞められなくなるぞ、と。結局、その日のうちに「お笑いやりたいんで辞めます」と店長に言って、そこから本格的に芸人の道に進みました。
――決断力がすごい。
かわい: ただ、銀行を辞めてまで挑戦したのに、出来が悪くて養成所を1年で卒業できず…。さすがにこのまま地元に帰るのはダサすぎたので「もう1年チャンスをください!」とお願いして、なんとか卒業できました。
わたなべオーケストラ(以下、わたなべ): ブラボー!(拍手)
かわい: 感謝フォルテッシモ!

――それでは次に、わたなべさんが芸人になった経緯やきっかけを教えてください。
わたなべ: 私は小学校のころからずっと音楽をやってきたので、大学も吹奏楽部に入ったんです。その吹奏楽部が少し変わってて、楽器の演奏以外に応援団としても活動するような部活でした。大きな声と動きで学生を盛り上げるみたいな。一緒に入った子たちは「なんで吹奏楽なのにこんな恥ずかしいことしなくちゃいけないの」と言って次々に辞めていったんですけど、なぜか私はすごく楽しいなって思えちゃって。人前でバカになって盛り上げて、それで喜んでもらえるのって最高だなって。性に合ってたんですかね。
――自らを鼓舞して周りを元気づける、まさに芸人ですね。
わたなべ: その通りです!それで芸人になろうと思って、圧倒的に単位が足りなかったので大学を辞めて、1年間お金を溜めてから大好きなアンタッチャブルさんがいる人力舎の養成所に通い始めました。
かわい: ちなみに私もアンタッチャブルさんが好きという理由で人力舎でした。
――おふたりともアンタッチャブルさんが好きで。なるほど、なんというか…
わたなべ: 言いたいことはわかりますよ。みんな最初はアンタッチャブルさんとか東京03さんのような正統派の漫才師だったりコント師に憧れて養成所に入るんです。そこから自分だけの色を探して、気付いたらこうなっちゃいます。
かわい: 私なんて音楽すらやってないですからね。
――え!そうなんですか!?
かわい: はい、学生時代は野球と陸上です。
わたなべ: かわいさんが私の芸風に「お婿入り」してくれたんです。
コンビ名には一番好きな音色「ファの#」を
――「お婿入り」って表現いいですね。この流れで、コンビ結成の経緯を教えてください。
わたなべ: 最初は同期のゆめちゃんとコンビを組んで、楽器を持たずにキャラコントをやっていたんです。でも、お互いの良さを全く活かせなくて4年くらいで解散しました。それから「自分の武器は楽器しかない」と思い直して、ピン芸人「わたなべオーケストラ」として再スタートしました。
――最初は楽器を使ってなかったんですね。
わたなべ: そうなんです。むしろ、芸人になってから4年間は楽器に一切触れてませんでした。それで、ピンでオーボエを使ったネタを始めたんですけど、演奏中は喋れないことに気付いたんです。「これ、終わったな」って。
――早々に詰んだ。そこから相方を探し始めたという感じですね?かわいさんはどうでしょう?
かわい: 私は私で、もともと別で「虹色カルトン」というコンビを組んでたんです。元銀行員同士で銀行ネタばかりやってたので、営業行ったらセミナーみたいになってました。ライブでも全然ウケないし3年くらいで解散して。それで、ちょうど『M-1』の予選が始まるあたりに相方を探してたんですよ。どうしても出たかったので、お試しでもいいからと思って。そのときに、同期の五十嵐文香(現在活動休止中)にわたなべさんを紹介されました。
――ーーそれぞれがコンビ解消後に相方を探してるなかで出会ったと。
かわい: そうですね。ただ、わたなべオーケストラの評判が事務所内でも良くなかったので、少しためらいました。
わたなべ:
「ミス裏笑い*」という感じでしたからね。
(*スベったり意図しないことで起きる笑い。笑わせているのではなく、笑われている状態)
かわい: まわりも「わたなべオーケストラだけはやめておけ」という感じだったんですけど、楽器を使う芸風の人があまりいなかったし「珍しくて良いかも」と思って試しに組んでみることにしました。


――ところで、コンビ名でもある「ふぁのシャープ」ってどんな音ですか?
わたなべ:
ちょっと失礼。
(ファ#を奏でる)
――キレイな音!
わたなべ:
オーボエのファ#から始まる名曲もあって…
(白鳥の湖を奏でる)
かわい: わたなべオーケストラが一番好きな音であり、有名な曲の最初の音ということで、コンビを組んだスタートの時に「ふぁのシャープ」という名前をつけました。面白みは全くないですけど、こういうのは真面目な方がいいかなと思って。
わたなべ: 本当は最初、クラシック音楽のワードを組み合わせて決めようとしたんですけど、全然良い案が思い浮かばず。それで「わたなべさんの一番好きな音は?」って聞かれて、「ファのシャープ」と答えたら「よし、それでいこう」となりました。
――勢いは大事ですね。「演奏者と指揮者」というスタイルは結成当初から?
わたなべ: コンビを組んで一番最初のライブは「演奏者と一般人」として出たんですよ。でも全然ウケなくて。インパクトが足りないなと思ったんです。そこで、かわいさんを指揮者に変えたらどうなるんだろうという話になりました。
かわい: ちょうどそのとき、事務所のネタ見せにアンタッチャブルの柴田さんが来てくれて。かなり珍しいことだったし、二人共アンタッチャブルさんに憧れて事務所に入ったので、どうしたって気合が入るじゃないですか。すぐドンキに行って5,000円の燕尾服を買ってきました。そこで初めて「演奏者と指揮者」としてネタ見せしたら、柴田さんが「いいじゃん!」って褒めてくれたんです。
ネタづくりに立ちはだかるJASRACの壁
――ネタ作りについてお伺いしたいのですが、曲に合わせてボケを考えるのか、ボケを考えてから曲を探すのか。どっちが多いですか?
かわい: ボケを考えてから曲を探すことが多いですね。まずはやりたいボケを考えて、次にどの曲を使うか選んで、その曲がオーボエで演奏しても伝わるか確認して…という感じです。
――工程が独特。「オーボエで伝わるか確認」というのは?
かわい: 例えば「ピアノの曲を使いたい」となったとき、ピアノは和音(左手)とメロディ(右手)で奏でる音楽ですよね?もし和音がないと曲が伝わらない場合、それはオーボエでは演奏できない。メロディだけの”単音で伝わるかどうか”が重要なんです。
――本当に音楽未経験者ですか?
かわい: はい、学生時代は野球部と陸上部でした。
わたなべ: コンビを組んで6年経つんですけど、さすがに詳しくなってきましたね。うるせえんですよ、この人。
かわい: あなたが何も考えずに吹くからでしょうが!でも、当たり前の基準がわからなくなってくる感覚もわかるんです。私も昔、銀行員同士でコンビを組んでるときに伝わらないあるあるばかりをやっていた経験があるので。だから、音楽未経験者としての客観的な視点は忘れないように心がけています。
――これはどんな仕事にも通じますね。自分たちがわかっても、伝わらないと意味がない。それで、やる曲が決まってもJASRAC(音楽の著作権を管理してる団体)の壁があると。
わたなべ:
ここでダメにになるパターンも多いです。例えばこの曲。
(〜~♪)
――ファミマだ!
かわい: そうです。実は「大盛況」という曲名があって、作曲者は稲田康さん。もう名前まで覚えちゃいましたよ。例えばこの曲を使って「いやコンビニ寄るなよ!」とか。すごく使い勝手がいいんですけど、著作権に引っかかるのでテレビでは簡単に使えないっていう。
――もどかしいですね。たしかクラシックだと亡くなってから50年経ったら著作権なくなるんですよね?
かわい: そうですね。今いちばん待ってるのは、ハチャトゥリアンの「剣の舞」。あと4年経てば自由に使えるんですよ。
わたなべ: ハチャトゥリアン待ちです。我々ほど没後50年を気にしている芸人はいないと思います。

プロポーズはフリップネタ?
――「尊敬する人」というテーマでお話をお聞かせください。まずはわたなべさんから。
わたなべ: 尊敬しているのは、俳優の津田寛治さんです。
――津田寛治さん!渋いですね。
かわい: わたなべさんは女優ですから。
わたなべ: 津田さんとは日曜劇場『さよならマエストロ』で共演したんです。津田さんは楽団のリーダー的な役だったんですけど、音楽に関しては全く分からない方で。それでも、先生にマンツーマンで指導してもらいながら指の動きを暗記したり、地方の撮影でもずっと自主練を続けてて、すごく努力家なんですよ。
わたなべ: あと撮影中もよくアドリブを仕掛けてくれて、それを返すと私の登場シーンが増えるんです。津田さん自身、下積みが長かったらしく、私達のような若手にチャンスを振ってくれてすごく尊敬できる方だなって思いました。
――そのエピソードだけで好きになりました。ありがとうございます。今度はかわいさん、お願いします。
かわい: 私が尊敬しているのは妻です。養成所時代に付き合い始めたのですが、こんな私を選んでくれたことに感謝しています。
――以前、Xで息子さんの絵日記を見かけた時があって、すごく癒やされました。ちなみに結婚のタイミングは?
かわい: 妻が「30歳までに結婚したい」と言ってたので、29歳最後の日にプロポーズしました。日付が変わる5分前、寝室でフリップネタをしてプロポーズしたんです。
――粋ですね!フリップネタはどんな感じで?
かわい: あぁ、いやぁこれ以上は恥ずかしくて…
わたなべ: フリップに書かれた二人の思い出をめくりながら、その時のエピソードにツッコミを入れていく感じだったよね?
かわい: はい、そうです。「こんな私と付き合ってくれるなんて、おかしくないですか?」「こんな楽しい時間を一緒に過ごしてくれるなんて、おかしくないですか?」という感じでツッコミを入れつつ。で、最後にフリップを出した後に「私と結婚するのはどうですか?」と聞いたら「おかしくないです」と。
わたなべ: プロポーズした瞬間にインターホンを鳴らして、木村カエラさんの『BUTTERFLY』を演奏した動画を玄関のモニター越しに流すっていう仕込みのために、私も現場にいました。
――仕込みまで!素敵すぎる。
かわい: 妻は、玄関のモニターにわたなべさんがいることにビックリして一回切りましたけどね。笑

目指すは唯一無二の楽器芸人
――それでは最後に、今後ふぁのシャープとしてどうなっていきたいかを教えてください。
かわい: せっかく他と被らない芸風なので、演奏会のMCとかクラシック方面のイベントにたくさん呼ばれるようになりたいですね。
わたなべ: 私はNHKの『クラシックTV』という番組に出たいです!
――いいですね!『アメトーーク』にクラシック芸人で出演してるのも見たいです!
かわい: 出たいですねぇ。でもクラシックに縛ると難しそうだから「楽器芸人」とか「音楽芸人」ですかね。
わたなべ: 楽器芸人だと私だけの出演になるかもなので、最悪イヤモニ付けて楽屋から助けてもらいます。
かわい: もしくは観覧席から指揮棒で指示出します。楽器を使った芸人といえば「ふぁのシャープ」で覚えてもらって、確固たる地位を築いていきたいです。

【編集後記】
今でも楽団に所属して、週末の合奏や年2回の演奏会に参加しているわたなべさん。インタビュー中も隙あらばオーボエを演奏してくれて、本当に好きなんだなぁと伝わってきました。パチンコ・海物語の曲を吹いてくれて個人的にめちゃくちゃテンション上がったのはここだけの話。いつの日か、楽器芸人(吹奏楽芸人)としてテレビでたくさん見れる日を楽しみにしてます!
