東大芸人、ろきちゃんの独白

2024.04.05
コラム

はじめまして。お笑い芸人のろきちゃんと申します。
『白れんが』というコンビで活動をする傍ら、東京大学大学院経済学研究科修士課程に在籍しています(2024年3月修了)。東大生らしく、お笑いと経済学の架け橋となるような記事を書くことが目標です。よろしくお願い致します。

東大芸人・ろきちゃんの経歴

1998年09月29日山形県鮭川村出身。高校卒業後、1年間の浪人生活を経て横浜国立大学経済学部に進学。大学2年次、大学お笑いブームに乗っかりお笑いサークルに入ろうとしたが、お笑いサークル自体が大学になかったため、太田プロの養成所に入学。養成所卒業後は太田プロ預かりとなる。23歳、大学卒業の年に東京大学大学院経済学研究科修士課程に進学。現在に至る。

「お笑い」と「研究」は似ている

東京大学大学院経済学研究科修士課程に進むくらいなので、ろきちゃんは研究が好きだ。そして、芸人になるくらいなので、お笑いも好きだ。「お笑い」と「研究」は非常に似ている。もう少し言うと、「ネタづくり」と「研究」は全くもって同じプロセスを踏んでいる。

まずは「ネタ作り」。偉大な先輩方のネタを見て、学んで、ネタをつくる。同じようなネタにならないように注意を払いながら「0→1」を捻り出す。そうして生まれたネタを何度もライブや事務所のネタ見せで披露し、アドバイスやダメ出しを吸収しながらブラッシュアップさせていく。長い時間をかけて試行錯誤したネタが全くウケないことなんて日常茶飯事だ。

「研究」も同じである。先輩方の研究論文を読み、決して被ることなく新たな論点を析出する。度重なる研究発表でコメントを頂き、トライアンドエラーを繰り返す。時には使い物にならないデータセットの入力に丸一日使ってしまうこともある。

比べれば比べるほど、「ネタ作り」と「研究」は完成に向けたプロセスが似通っている。まるで、大きすぎる白紙に何かを書いているような感覚だ。そもそも、今やっていることが正しいかどうかすら分からない状態で試行錯誤することは、恐ろしく不安だ。2回に1回は悪夢に苛まれる。

だからこそ、上手くいったときの快感は計り知れない。過程の苦しさと達成感は比例する。研究をするなら「東大」だ。お笑いをするなら「芸人」だ。東大も芸人も、楽しいからやっている。それ以上でもそれ以下でもない。

称賛のカツアゲ

東大生という蓑のせいでかおかげか、これまで多くの「すごい!」をカツアゲしてきた。でも、実際はすごくない。ろきちゃんはすごくない。これは謙遜でもなければ卑屈でもない。日本の祝日は分からないし、保険制度だって母親に教えてもらっている最中だ。東大で経済学を学んでいるにも関わらず。

ろきちゃんに対する「すごい」がどこまでの文脈を発揮するかといえば、「受験頑張ったね、お疲れさま!」程度であろう。それに、決して丁寧な瑛人ではないのだが、ご覧くださいな今のろきちゃんを。芸歴4年目の売れてない芸人だ。”売れてない芸人”という大きな括りの中でも、輪をかけて売れてない。

今まで「すごい」と言ってくださった皆様、この文章の前段を読んで「すごい」と思ってくださった皆様。本当に申し訳ない。その「すごい」はあまりにも不適合すぎて、バズ・ライトイヤーが言うところの宇宙の彼方へ向かってしまっている。

本当にすごいのは、ろきちゃんと同い年の「98line」だ(ずっと使いたかった)。高校の同級生たちは軒並み就職し、早いもので社会人3年目だ。考えられない。教室で、部室で喋ってた仲間たちが、毎日同じ電車で通勤しながらGDPに計上される生産活動を行なっている。

一方ろきちゃんはと言うと、GDPに計上される生産活動も行っていなければ、朝の通勤ラッシュに遭遇したこともない。それでいて、それらをカバーするほどに誰かを幸せにできていない。それなのに「芸人で東大」という肩書だけで「すごい」をカツアゲする。

思えば彼らが大学生の頃、はしゃぎきったInstagramの投稿を見て「お前らロクな大人になんねぇよ」と思っていたけど、なんだ、すごい奴らだったんだ。彼らと会う度に「夢を追いかけていてすごい」と言われるが、ろきちゃんを前にしたらそう言うしかないよね。お前らの方がよっぽどすごいのに。
何だこの差。どこでこんな差が生まれてしまったんだ。

花束みたいな恋をしたかった

ろきちゃんだって本当は大学生活を満喫したかった。男女入り混じった7人ぐらいのグループで夜通し遊びたかったし、そのグループで春休みにディズニーかUSJに行きたかった。大学の成績も卒業ギリギリで良かったし、花束みたいな恋をしたかった。Instagramで地元の友達に恋人の存在を匂わせたかったし、「#彼女とディズニー」みたいな投稿もしたかった。

そもそも、山形から上京してInstagramを交換したことがない。地元の友達以外とInstagramを交換したかった。こんな浅はかでありきたりな、最高の青春を過ごしたかった。生産性のない無駄な時間が、後々こんなに輝くなんて知らなかった。

終わった恋愛にクヨクヨと不貞腐れている連中を尻目に勉強していたろきちゃんは今、およそまともな道を歩いているとは思えない。しょうもないと見下していた人間の方がまともになるのか。大人になるということは、しょうもない紆余曲折の果てに実現されるのではないか、と思わずにはいられない。

本当の称賛を得るその日まで

とはいえ、芸人は楽しい。そんな芸人の道を選んだのは、他でもないろきちゃん自身だ。憧れていた青春が霞むくらい、楽しい時間が待っている(と信じている)。お笑いでお金を稼いで、今度こそ堂々と「すごい」を浴びたい。

いや、待てよ。よく考えてみろ。そうは言っても、「すごいね!」「うん、ありがとう!」なんて会話はあってはいけない気もする。カフェで聞こえてきたら思わず振り返ってしまうような、やばい会話な気がする。

こんな面倒くさい人間の文章を最後まで読んでいただきありがとうございます。改めて、今後の目標は「お笑いと経済学の架け橋になるような記事を書くこと」です。今後ともよろしくお願い致します。

この記事を書いた芸人
太田プロダクション
ろきちゃん(白れんが)