「だめだろー!」を武器に己の道を拓いていく
どん詰まりでの出会い
――まず、芸人さんになるまでの経緯について教えてください。
おいなり達也(以下おいなり): たまたま、北海道にお笑いの専門学校(札幌ミュージック&ダンス・放送専門学校 お笑い芸人コース)ができるっていう情報を仕入れて。高校を卒業して、2期生としてそこに入りました。
――地元・北海道で芸人としてスタートしたんですね。
おいなり: お笑いコースは入学者が2人しかいなくて(笑)。漫才をやりたかったので「ブレイブバード」というコンビを組んで、在学中にオスカープロモーションに所属することが決まったんです。卒業後に上京して、1年目で『BS笑点』に出してもらったり、わりと順調なスタートダッシュをしまして。でも、相方とうまくいかなくなって2年目に解散しました。そこからピンで4年くらいやってたんですけど、オスカープロモーションのお笑い部門が解散になっちゃって。
――雲行きがあやしくなってきました…。
おいなり: フリーになっていろんな事務所を受けていたとき、あるオーディションに「ブレイブバード」を知ってる作家さんがいらっしゃって。「君、漫才上手い子だったよね? なんでピン芸人としてくすぶってんの?」と言われたんです。その次の日くらいに、専門学校の同期から「うちのバイト先にも芸人辞めそうな人がいるんだけど、会ってみない?」と連絡があって、これは運命かもしれないと。それが松本さんです。
松本: この話しすぎて、うまくなってるなー(笑)。
おいなり: ははは。だいぶ端折ってね。
――おいなりさんと出会うまでの松本さんのストーリーは?
松本: 中学のときに囲碁将棋さんの漫才を見てから、ずっと芸人になりたいと思っていました。でも、親の反対もあり大学に進学して、『成城石井』に就職しました。仕事では順調に結果が出て、2年目の途中で副店長くらいになったんです。なんか先が見えちゃって「このまま死んだら後悔する。やっぱりお笑いをやりたい!」と思って、ワタナベの養成所(ワタナベコメディスクール)に入りました。そこで組んだ人と、在学中にM-1の2回戦まで行ったんですよ。
――在学中に2回戦へ勝ち上がるって、将来有望そうです。
松本: でも、養成所卒業後は事務所に所属できず。講師の言うことを聞きすぎて、自分らのお笑いを見失ったんです。囲碁将棋さんの漫才に憧れてこの道に入ったのに、人の言うことを聞きすぎて「俺って何がしたかったんだろう…」となっちゃった。その相方とは解散して、お試しで組んだ人とも波長が合わなくて全然だめで。
――事務所に所属できず、コンビも解散して、その後はどうしたんですか?
松本: もう芸人をやめようと思って、踏ん切りをつけるために1人で囲碁将棋さんのライブを観に行ったんです。そしたら、囲碁将棋さんが単独ライブのチケットを手売りするというので、2枚買って。緊張しながら、中学のときから好きだったこと、囲碁将棋さんに憧れて芸人になろうと思ったこと、もう芸人をやめようと思っていることを伝えると、文田さんが「いつか一緒の舞台に立てるといいね」と言ってくださったんです。続けて「もう辞める理由はないよね」と。
――憧れだった囲碁将棋さんからの言葉、うれしいですね!
松本: その言葉で「もう一回踏ん張ってみよう、相方を探そう」ってなってたときに、バイト先の人が「おいなり達也っていう変な名前の芸人がいるんですけど…」と。
運命のめぐり合わせ、最高の相方
――ついに物語が合流しました!
松本: 初めておいなりと会ったときに「好きな芸人さんのライブが3日後にあるんですけど、一緒に行きませんか」って2枚買っていた囲碁将棋さんの単独ライブのチケットを1枚渡して、ふたりで観に行きました。
――その後、コンビを組むんですね。
おいなり: いろいろな運命のめぐり合わせが重なったというか。ピン芸人として行き詰まっていて、M-1も近かったのでコンビを組みました。
松本: M-1は1回戦で落ちたんですけど、波長やバランスがよかったし、粗かったけどネタにも手応えを感じて。相方って本当に難しいんですよ。適当に組めるようなもんじゃなくて。まじですごいことなんですよ。おいなりとは、気質があってるんですよね。
おいなり: お互いの特性が全く別で、それが一緒にいるっていうのがおもしろいことですよね。
――おいなりさんから見た松本さんの特性はどんなところですか?
おいなり: いの一番に触れちゃいけないところに触れていくところですね。皆思ってるけど、触れちゃいけないなってところに触れていく。常識はあるけどモラルが欠けてるというか。
松本: 僕の小学校、道徳の授業なかったんですよ(笑)。触れちゃいけない空気のところに触れていくのが好きなんですよね。
――松本さんから見たおいなりさんの強みは?
松本: 物怖じしないところ。平場では日和るんすけど、海に落ちるとか体を張る系に対しては全く物怖じしない。だから、僕がコントローラーを握っておいなりを操作するだけで笑いを取れるというか。僕の最高のおもちゃですね、本当に。
おいなり: 弱点は自分では扱えないというところなんですけどね。
松本: 僕は相方と一緒にやってるのが楽しいんで。本人がいるからあんまり言いたくないけど、とりあえず横にいてくれればいいんですよ。一緒にやれれば、それでいいんです。
おいなり: いやー、ありがたいです。
誰かの背中は追わない
――きつね日和といえば「だめだろー!」ツッコミが印象的です。
松本: 俺らは他の芸人と戦っちゃだめで。オリエンタルラジオの中田さんが言ってた「優れるな、異なれ」っていう言葉が好きなんですけど、「あの人みたいになりたい」って言ってる時点で同じレールを走ってるわけで、その人が先頭にいるから抜けるわけないんですよ。だったら自分で違うレールを敷いて、そこを走り始めれば自分らがトップになれる。それが、「だめだろー!」なんです。
――おふたりの普段の会話にも登場していますね。
松本: 練習ですね。おいなりは不器用な人間なんで。
おいなり: 平場で「だめだろー!」を振られても出ないときもあって。
松本: 全く出ないですよ。メガネを奪い取ってアイスコーヒーの中にちゃぽんって入れたときも、そのまま掛けて「何してんすか」とか言う。「だめだろー!」だろ!
おいなり: しゃぶしゃぶみたいに、ちゃぽんちゃぽんって(笑)。
――怒らないんですか?!
おいなり: まぁ、壊れたわけじゃないんで。
松本: 壊れたわけじゃないからっていう理由も怖いでしょ(笑)。
おいなり: ははは。
松本: だから、普段からだめなことして練習しとかないと。本当にわかりやすいことじゃないと言ってくれないんですよ。水をひっくり返すとか。
――今日もバッグを踏まれていました。
松本: 待ち合わせのときに自転車で轢くとかね。
――2022年は初めて『M-1』3回戦に進出しました。それまでとは何か変えたんですか?
松本: 2022年は“ネタ強化年”として、毎月『漫才狂い』という主催ライブで新ネタをしていました。が…正直、関係なかった(笑)。
――「関係なかった」とは?
おいなり: 「だめだろー!」を1年くらいやってみたら、扱い方がわかんなくなっちゃって。
松本: 邪魔になって、一度封印しようと。『漫才狂い』は「だめだろー!」をやらない漫才でいこうってことで始めました。
――そういうコンセプトだったんですね。
松本: 「だめだろー!」を封印して、僕らのニンでどこまでやれるかやってみようと。毎月新ネタを2本下ろして、ネタがおもしろくなるのかと思ったら強化されたのは僕のMC力だったんです(笑)。
おいなり: 松本さんのMC力がバンバン上がっていった。
松本: おいなりは横で仁王立ちしてるだけ。
二人だからこその“ニン”で勝負したい
――2023年のテーマはありますか?
松本: “トーク強化年”ですね。
おいなり: テレビを目指すなら、やっぱり平場って大事だと思うので。そこで爪痕を残すっていうのが。
松本: ネタもおもしろくなきゃいけないけど、結局しゃべっておもしろくないとしょうもないというか。ニンがないと。
――ニンのあるトークといえば、ラジオも精力的に配信されてますよね。
松本: ラジオもそうだし、二人だけで完結する関係性っていうか。『漫才狂い』でMCをやって、ゲストの話を引き出すのは得意だなって思ったんですよ。
おいなり: 『漫才狂い』で僕はあんまりしゃべらなかったから、平場のトーク力を上げたいなと思って今年はトークの年にしたいなと。
――最後に、出囃子でどんなことをしたいですか?
松本: 運営の人が評価してくれたから、評価に値することをしたいなというか。ちゃんとおもしろいことをしたい。そうじゃない? あくびしてんじゃねーよ!
おいなり: あくびして鼻かいてた(笑)。
【編集後記/by担当ライタークロコ】
「おふたりとも、ちょくちょく”運がいいんです”と言っていたのが印象的でした。お互い思うようにいかない時期があったからこそ、いま2人で漫才をしていることに重みがあるのだと伝わってきました。舞台上のキャッチーさとは異なる、熱い一面を垣間見たインタビューでした!」