語り口は江戸っ子というギャップがクセになる!
きっかけは、爆笑問題・太田さんの『天下御免の向こう見ず』
――『出囃子』第一期芸人さんで最年長の松尾さん、今に至る歴史を教えてください。
松尾アトム前派出所(以下松尾): 高校まで長野で、上京して映画の専門学校に入ったんですが、途中で潰れたんですよ。そのときひとりでつくった卒業制作の映像がきっかけで劇団に誘われて。その劇団の旗揚げ公演で人を殴るシーンがあったんですけど、そこで緊張して本当に殴っちゃって。そのままクビになりました。結局やることがなくなって、爆笑問題・太田さんの『天下御免の向こう見ず』を読んでいたら、コント赤信号・渡辺正行さんの『ラ・ママ新人コント大会』っていうお笑いオーディションを知って、友達とコンビを組んで参加しました。
――コンビだったんですね!
松尾: 2年くらいで解散しちゃいましたけどね。そこからフリーでひとりになって。西口プロレスで実況解説をしていたユンボ安藤さんに憧れて。出待ちして「弟子にしてください」ってお願いしました。
――西口プロレスさんでリングアナウンサーとしての評判はいかがでしたか?
松尾: めちゃくちゃ悪かったですね(笑)。「エキシビションマッチ」がずっとうまく言えなくて。「賀来千香子」は言えるんですけどね。
――私は「賀来千香子」のほうが言いにくいです(笑)!
松尾: 僕はあと「リクライニングシート」が難しいすね。「リラクニングシート」ってなっちゃって、「ラ」が「ク」が追い越してくるんですよね。
――(笑)! それからタイタンさんへはどういう経緯ですか?
松尾: 西口プロレスには26〜32歳までお世話になりました。辞めてから長野に引っ込んで、りんご農家やりながらフリーで2年くらいやって。タイタンと大川興業とオフィス北野と石井光三オフィスの4社にネタ見せに行ってたんですよ、農業やりながら。で、タイタンのオーディションがあって。
――どんなオーディションだったんですか?
松尾: 太田光代社長が真ん中にいて、後ろにずらーっと社員さんや作家さんが並んでて。太田光代内閣発足、みたいな感じのところでネタをやりました(笑)。僕はもう34歳とかで。若手の構成がしっかりしたネタには「勝てねーな」と。僕のは“大味”な味付けなんで。ネタ見せ前に、「野道できれいなお花が咲いていたので」って社長に花を渡して。思いっきり包装された花なんすけどね。タイタンの会社のすぐ下の花屋で買って。そしたら爆笑してくれて。ネタはまったくウケなかったんで、その“賄賂”で入れたんだと思います。
お好きなもんがあったらご自由に…っていう
ベルトコンベアー漫談
――タイタンさんってどんな雰囲気ですか?
松尾: パ・リーグがパ・リーグらしかったころのパ・リーグ感がありますね。いわゆるイケメンがいないとか、色づかい間違ってるだろみたいな衣装の芸人がいたりとか。アットホームっすね。
――味わい深いかたが多いという印象があります。今はまた長野と東京を行き来されているんですよね?
松尾: もともと農園家庭だし僕は長男なんで、親が高齢になってきて「跡を継いでほしい」と言われて。僕は芸人を辞める気はないので「それでいいなら」と。
――32歳から二足のわらじ状態なんですね。
松尾: 農家なんで、片方は長靴ですけどね。畑でネタを思いついたらケータイにメモしてます。仕事があるときだけ東京で、それ以外は長野ですね。1.3ヘクタールくらいあるんで一日中作業してます。
――1.3ヘクタール!!
松尾: 東京ドームのグランドの部分くらいの広さなんですよ。一二塁間でブルーベリー、三遊間で梨、あとブドウ、キウイフルーツ、りんごですね。東海地方に出荷してます。
――松尾さんのおすすめのりんごの品種は?
松尾: 「さんさ」ですかね〜。8月に採れる夏りんごってやつですね。漁師が「船の上で食べる魚がいちばんうまい」っていうのと同じで、りんごも畑ですぐそのまま食べるのがおいしいですね。
――農業ネタ以外にもオススメ、ありますか?
松尾: コントも漫談もショートネタの羅列もやって。「農業あるある」と先日亡くなられた『ドカベン』作者の「水島新司先生漫談」っていうのと、ふたつしかないんですよ。昔は「農村三度笠ロックンロール漫談」…三度笠をかざしてロックンロールかけて、「あれは日差しが強い日だった」ってしゃべるネタもやってました。
――「農業あるある」と「水島先生漫談」が残ったわけは?
松尾: うーん、結局ふたつとも自分のもんじゃないからじゃないですか? 作り出すというより、面白いなと思うポイントを見つけてきてやってますね。ゼロからつくるのが苦手なんで。モグライダーの芝くんには、「松尾さんっておもしろいこと言ってるけどライトすぎるよね」って言われて、「なるほどな」と思いますね。ライトだし滑舌悪いし、人に伝わってない感じっすよね(笑)。
――そのライトすぎる感じがおもしろいですよね(笑)。
松尾: 漫談なんてあれ、ベルトコンベアーみたいなもんですからね。お好きなもんがあればご自由にとっていってください、みたいなね。
結婚記念日は、たけしさんの誕生日
――松尾さんのファンは、どんなかたが多いですか?
松尾: 学生時代にいいことがなかった30代男性とか、おいしいおにぎりを握ってくれそうな女性とかが多いですね。
――お気に入りのネタはなんですか?
松尾: 「フォークダンス」のやつですね。意外とリズムネタが好きなんじゃないですかね。NO MUSIC NO LIFEって感じすかね。
――松尾さんはどんなお笑いに影響を受けてきたんですか?
松尾: (ビート)たけしさんですね。毒舌とか、本音をいう芸とか、破壊のお笑いですよね。今までやってきたことを全部変えてきてるというか、革命ですよね。子どものころからずっと好きです。たけしさん、立川談志さん、爆笑問題さん、みんな好きですね。夫婦揃ってたけしさんが好きなんで、たけしさんの誕生日、1月18日に入籍しました。
図鑑に載っていない虫もよかったら
――入籍日にまで! 日本エレキテル連合・中野さんとの結婚生活についてもお聞きしたいです。
松尾: 僕が一方的に好きだったんですけど、2019年の大晦日に阿佐ヶ谷の駅に中野さんがライブ終わりにむかえにきてくれて、そこで逆プロポーズされました。で、2020年、明けてすぐ入籍しました。交際0日だし、奥さんの手料理とか食べたことないし、一緒に住んでないし、ときどきウィキペディアで「本当に結婚してるよな」って確認してます。
――あ、本当にそうなんですね。
松尾: 彼女は職人気質というか、YouTubeのコントとか、単独ライブとかつくってるときはガーッと集中したいタイプなんで、そういうときは邪魔しないようにしてますね。この間も「芸人のボケを抽象化したもの展」っていう展覧会ででっかい目玉を展示してました。長野に来たらピアス14コつけてグッチのグラサンして、りんご農家史上初めての格好で、完璧に手伝ってくれてます。
――最後に『出囃子』での意気込みをお願いします!
松尾: 図鑑に載ってない虫みたいな感じです、僕は。石をどかしたらいるような。テレビで観るような芸人がすべてでもなくて、こういう人もいるよ、と。そういうのも好きな人もいると思うので、よかったら石をどけて見てください。500円(月額)でどけられるんで。
【編集後記/by担当ライター小林】
「3月某日、事務所ライブに合わせて上京。ご自身がつくったシナノゴールド、撮影後にお土産に頂戴しました。 包丁を入れたとたん、華やかな香りにうっとり…松尾さん、ごちそうさまでした!」